甲状腺眼症(バセドウ病)

「最近、目がとびだしてきたように感じる」「まぶたが腫れぼったい」「ものが二重に見える」

このような症状にお悩みではありませんか? もしかしたら、それは甲状腺眼症(こうじょうせんがんしょう)かもしれません。中年以降に見られることが多い決してまれではない疾患です。眼科では、メボやアレルギーと間違えられて治療されることも珍しくはありません。

甲状腺眼症は、甲状腺の病気(特にバセドウ病)と関連して起こることが多い、眼の周りの組織に炎症が起こる病気です。バセドウ病眼症とも呼ばれます。

甲状腺とは?

甲状腺は、首の前側にある15~25グラムの臓器です。ここではサイロキシンとよばれるホルモンが産生されおり、このサイロキシンは、体の代謝率をコントロールしています。甲状腺からたくさんのサイロキシンが分泌され、血中のサイロキシン濃度が増えると、体の代謝が盛んになります。またサイロキシンの分泌が少ない時は体の代謝が低下します。

甲状腺機能亢進症

甲状腺の働きが異常に盛んになる病気を甲状腺機能亢進症と言います。その代表がバセドウ病です。バセドウ病は自分の甲状腺に対する抗体(抗TSH抗体)が甲状腺を刺激するために甲状腺が腫れ、サイロキシンの産生・分泌が異常に盛んになっている疾患です。女性に多く(男性の4倍くらい)、自己免疫性疾患と考えられています。バセドウ病の症状は、甲状腺腫(甲状腺が腫れる)、眼球突出、頻脈(脈が速くなる)を主症状とし、それ以外に、微熱、発汗、手の震えなどの症状があります。

なぜ起こるの?

自己免疫との関連

私たちの体には、外から入ってきた細菌やウイルスなどを攻撃して体を守る「免疫」という仕組みがあります。しかし、時にこの免疫システムが自分の体の正常な組織を誤って攻撃してしまうことがあります。これを「自己免疫疾患」といいます。甲状腺眼症は、この自己免疫の異常が原因で、眼の奥にある脂肪組織や眼を動かす筋肉(外眼筋)に炎症が起こると考えられています。

甲状腺機能との関係

多くの場合、甲状腺ホルモンが過剰になるバセドウ病(甲状腺機能亢進症)の方に合併しますが、甲状腺機能が正常な方や、むしろ低下している方(橋本病など)にも起こることがあります。また、眼の症状と甲状腺ホルモンの数値の変動が必ずしも一致しないことも特徴です。

甲状腺機能亢進症の眼の症状

甲状腺眼症の症状は様々で、眼の症状が合併することが知られています。左右の眼で程度が異なることもあります。一番多いのは眼球突出で、眼が大きくなってまぶたが腫れているような顔つきになります。両側性ですが、左右差があることが多く、片側性のこともあります。眼球突出以外に、上眼瞼後退と涙液減少、複視などがあります。これらの眼の症状を甲状腺眼症と呼びます。甲状腺眼症は、眼球の裏側や周りの脂肪組織や筋肉に炎症が起こり腫れるためと考えられています。患者さんは、「眼球が突出してきた」と感じることは少なく、たいていは「目やまぶたが腫れてる」と感じて眼科を受診します。また、複視(片目ずつだと二重にならないが、両目で見ると上下に二重に見える)が初発症状のこともあります。 眼の症状は、甲状腺の全身症状に先立って発症する場合や、甲状腺が治ってから発症する場合もあります。また、いったん発症した眼の症状は、甲状腺が正常になっても進行することがあり、根気よく治療する必要があります。

眼球突出(がんきゅうとっしゅつ)

眼の奥の脂肪や筋肉が腫れることで、眼球が前方に押し出され、目がとびだして見えます。

まぶたの腫れ(眼瞼腫脹)

まぶたが赤く腫れぼったくなります。

まぶたが上がりにくい、下りにくい(眼瞼後退)

上まぶたが上に引っ張られたようになり(びっくりしたような目つき)、目が閉じにくくなることがあります。逆に、まぶたが下がってくる(眼瞼下垂)こともあります。

目の充血・乾燥感・異物感

炎症や、目が閉じにくくなることによる乾燥で、目が赤くなったり、ゴロゴロしたり、乾いた感じがしたりします。

ものが二重に見える(複視)

眼を動かす筋肉が腫れたり硬くなったりすることで、両眼で見たときに物が二重に見えることがあります。

眼の奥の痛み・圧迫感

眼の奥に痛みや圧迫感を感じることがあります。

視力低下・色覚異常

まれに、腫れた組織が視神経を圧迫することで、視力が低下したり、色の見え方がおかしくなったりすることがあります。これは緊急性の高い状態です。

活動期と非活動期

甲状腺眼症には、症状が変化しやすい「活動期(炎症期)」と、炎症が落ち着いて症状が安定した「非活動期(安定期)」があります。

活動期

眼の周りの炎症が活発な時期です。眼の腫れ、赤み、痛み、眼球突出、複視などが進行することがあります。この時期は、炎症を抑える治療が中心となります。期間は数ヶ月から2年程度と個人差があります。

非活動期

炎症が治まり、症状の変化がなくなった時期です。ただし、炎症が治まっても、眼球突出や複視、まぶたの変形などが後遺症として残ることがあります。この時期には、残った症状に対して手術などの治療を検討することがあります。

甲状腺機能低下症と甲状腺眼症

古くは、甲状腺眼症は甲状腺機能亢進症が原因と考えられていました。しかし、甲状腺ホルモン(サイロキシン)が正常または低下していても甲状腺眼症になっている場合があり、甲状腺眼症は甲状腺機能亢進症の場合だけでなく、正常でも低下でも起こると考えられています。

検査と診断

問診

甲状腺疾患の既往、眼の症状の経過などを詳しく伺います。

視力・眼圧検査

基本的な眼の機能をチェックします。

眼位・眼球運動検査

ものが二重に見える(複視)原因となる、眼球の動きの異常を確認します。

眼球突出度の測定

専用の器具で眼球がどの程度前に出ているかを測定します。

細隙灯顕微鏡検査

眼の表面(角膜・結膜)の状態を確認します。

眼底検査

視神経の状態を確認します。

画像検査(CT、MRI)

眼の奥の筋肉や脂肪の腫れの程度、視神経への影響などを詳しく調べます。

血液検査

甲状腺ホルモンや、甲状腺に関連する自己抗体(TRAb, TSHレセプター抗体など)を測定し、甲状腺の状態を確認します。

甲状腺眼症の治療

治療の目標は、活動期の炎症を抑えて視機能への悪影響を防ぎ、非活動期に後遺症として残った見た目や機能の問題を改善することです。治療は病気の時期(活動期か非活動期か)や重症度によって異なります。

内科との連携

まず、甲状腺機能のコントロールが重要です。内分泌内科医と連携し、甲状腺ホルモンを安定させる治療を行います。

禁煙

喫煙は甲状腺眼症の発症リスクを高め、症状を悪化させ、治療効果を妨げることがわかっています。必ず禁煙してください。

活動期の治療(炎症を抑える治療)

ステロイド療法

もっとも一般的な治療法です。炎症を抑える効果が高いステロイド薬を使います。点滴で大量に投与する「ステロイドパルス療法」が一般的ですが、内服や、複視やまぶたの腫れには眼の周りへの注射を行うこともあります。甲状腺眼症の活動性がある比較的早い病期にステロイド剤を内服すると眼の症状が軽減します。い病期が進んだ安定期では効果が期待できないようです。副作用に注意しながら行います。

放射線療法(外照射)

眼球突出が著しい場合、眼の奥の脂肪組織に放射線を当てて炎症細胞の働きを抑え眼球突出を軽減させる治療法です。ステロイドの効果が不十分な場合や、副作用で使えない場合に検討されます。その効果は、眼球突出度計で1~2mmで、完全に治せるほどの効果ではありませんが、病状の進行を止める意味で効果的です。

免疫抑制剤・生物学的製剤

ステロイドの効果が乏しい場合や、重症例では、他の免疫抑制剤や、近年開発された新しいタイプの注射薬(生物学的製剤:日本ではまだ保険適用外の場合があります)が検討されることがあります。

対症療法

目の乾燥には人工涙液や軟膏、複視にはプリズム眼鏡(光の屈折を利用して像の位置をずらす特殊な眼鏡)を使用することがあります。

非活動期の治療(後遺症に対する治療)

炎症が治まり症状が安定した後、残った変形や機能障害に対して手術を行います。手術は通常、以下の順序で行われます。

  1. 眼窩減圧術(がんかげんあつじゅつ): 目が閉じられないほど眼球突出が著しい場合、眼の周りの骨を一部削ったり、眼窩内脂肪を取り除いたりして、眼球が収まるスペース(眼窩)を広げ、眼球突出を改善する手術です。視神経が圧迫されている場合にも行われます。
  2. 斜視手術(しゃししゅじゅつ): 硬くなった外眼筋の位置を調整し、ものが二重に見える(複視)状態を改善する手術です。
  3. 眼瞼手術(がんけんしゅじゅつ): まぶたの腫れや上がりすぎ・下がりすぎやまぶたの変形を修正する手術です。(眼瞼後退修正、眼瞼下垂修正など)

定期的な眼科受診の重要性

甲状腺眼症は、経過が長く、症状が変化することがあります。特に活動期には、視力に影響が出る可能性もあるため、眼科での定期的な検査と診察が非常に重要です。治療方針も病状の変化に合わせて調整していく必要があります。

さいごに

甲状腺眼症は、見た目の変化だけでなく、視機能にも影響を与えうる病気であり、患者様にとっては大きな悩みとなります。しかし、適切な時期に適切な治療を行うことで、症状を改善させることが可能です。甲状腺の病気を指摘されている方、あるいは目に関する上記のような症状が気になる方は、どうぞお気軽に当院にご相談ください。内科とも連携しながら、最適な治療を提供できるよう努めてまいります。

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